何事にも地図は必要だ

  • 2013.02.05 Tuesday
  • 07:35
   これは昨年10月のこと。
 旧東海道往復踏破が終わって、旧中仙道を草津より日本橋方面に向かい、現在は無名の人所郁太郎の生地、美濃赤坂に至っています。すでに旧東海道を往復踏破していますので、東海道と合流する草津以西は略しましたが、やはり出立は京・大坂です。それで大坂高麗橋から草津まで歩くことに決めました。9月30日は勤務切り日。前日の21時45分、沼津駅北口発の夜行バスに乗って大阪駅桜橋口へ。着いたの翌6時少し前。ムーンライトながらに乗りたかったのですが、今や季節列車で運行なし。それで、このウィラーバスを利用。
 驚きました。何しろ大阪までシルバー割引で3,100円。体を精一杯伸ばせるリクライニングにフード付き。まるでAIRのビジネスです。少しオーバーですが、JRが夜行列車から撤退するのがよく分かります。ここにも社会の変化がありました。
 JR大阪駅から地下鉄を乗り継いで高麗橋へ。里程元標跡を出発し土佐堀通り、八軒屋船着き場跡、大阪城・京橋口、守口の文禄堤を通過。八雲に至って大迷走。後に聞けば、京街道は淀川堤上にあるのですけれど、鵜飼大橋を渡って摂津方面へ。右往左往して2時間。ようやくにして京街道に戻って、淀川堤上を歩いたのですけれど、ここでも不安になって、佐太天神辺りで京阪国道つまりは1号線へ。そこをひたすら歩いて、実際は寝屋川大間辺りまで歩き、戻って、今度は170号線を歩いて木屋辺りまで往き、交番に尋ねて、京阪本線香里園駅までようやくにしてたどり着いたのでした。雨中6万歩。枚方どころではありません。歩きに歩いた末の大迷走劇。そのまま、京阪本線の車中の人となって三条へ。三条で下車して三条大橋たもとの「がんこ」に沈没…というのも旧東海道53次を踏破して記念に食事をしたところ…しばらく時間をつぶして、同じ三条のモントレ京都のスパで一休み。そうして京八条口でウイラーバスに乗車したのが24時50分。沼津駅北口には午前7時50分に到着でした。
 そもそも無謀だったのは確かな地図を持たなかったこと。何事にも自分位置を確認して地図を頼りに歩くべきでした。何事に付け、です。
 それにしても分かりにくいよなあ…ぼやきです。
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